3月6日に公開されるも、コロナの関係で映画館は閉鎖、見られない状態になっているところでKADOKAWAが有料ストリーミングの配信をしました。
映画『Fukushima 50』、期間限定で有料ストリーミング配信開始
1,900円と映画館と同じ価格だけど(本もそうだけどネットなら安くしろよ)、那覇まで行く手間も省けたのでアマゾンで観ることに。
元東電社員として、中央操作室を見学したり、原子炉建屋の中に入ったり、双葉村の「原子力明るい未来のエネルギー」の看板の下をくぐったことがあり、また先輩や後輩、教え子が働いていたので、災害時にどのような状況だったのか知りたかった。
ちょうど1ヶ月くらい前、小田部先生(わかる人にはわかる)が原作の「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発 」を送ってくださり、読後にはますます関心は深くなった。
観た感想としては、国や会社の上層部はホントクズだったんだなということと(現在のコロナ対策でも国は…)、現場の人が命をかけて被害を(あれでも)最小限に食い止めたんだなという感じ。それにしてもイラ菅は始末が悪かった。
あくまでも当時のメディア情報から考える自分の予測だが、会社の上層部は、あわよくば、4機のうち2機程度は事故が終わればまた使おうと思っていたと思う。最初から福島第一を死んだものと決めつけて対処していれば、もっと被害は少なくて済んだのではないかと思う。
海外の現場だったら、さっさと作業員は職場放棄にして逃げているだろうし、社員たちは、給与の増額を求めるわけでもなく、「地元を守る」という使命感(ロイヤルティ)だけで危険な任務を担う。
自衛隊のセリフでも涙がでたし、けっこう後半は涙涙の映画。
事故当初は吉田所長の活躍に「ぜったいこいつらを美化して映画化して英雄扱いにするな」的な発言をよく耳にしたけど、映画は決して英雄的な演出はなく、時系列で事実を描いているにすぎない。
本にもあったけど、吉田所長がいなかったら、被害はさらに拡大しただろうとあったが、ほんとにそうだと思う。事故から2年後に亡くなっている。
この映画は国内よりも海外で高い評価を得るような感じがする。「サムライ魂」とも言えるだろう。
「映画」という形にして残したことは、後世から評価されるはずだ。
興味のある方はぜひ観ていただきたい。
映画トリビア
東京電力本社の地下駐車場に総理が車で乗り付けるシーンがあるが、東電本店に地下駐車場はない。
総理が社員に檄を飛ばしたシーンで吉田所長がパンツを見せたのは本当らしい。
東電本社の会議室のシーンが冒頭近くにあったが、内装はそっくりだった。本物を使ったのか?
「ベントを開ける」作業で作業員を募ったが、あれは「死に行ってくれるやつはいるか」と言っているのと同じ。
現場の一線で働いた総務の女性(安田成美が演じた)は本当に存在している。当時妊婦さんだった。
映画ではわかりにくかったが、吉田所長、3号機の海水注入をやめろと会社の上層部に命令され、テレビ会議で中止命令に従うが、実際にはやめなかった。だから被害は最小限になった。
伊崎当直長(佐藤浩市)が家族と再開した時に地元の人の前でお詫びのあいさつをしたが、実際には拍手が起きたらしい。
吉田所長の判断を詳しく知りたい方は東京新聞のこのシリーズを読むといいかと。