酒造所さんでお話を聞く機会がありました。
とても面白かったので紹介します。
請福酒造さん
・一代目社長の漢那憲副さんは、開業資金を接待に使ってしまい、お米を買う資金がなくなりました。
奥さんの嫁入り道具の帯や着物を泣く泣く売り払い、調達したそうです。
・泡盛を蒸留するための煙突を「風呂屋を開業する」といって、他の酒屋からゆずってもらったそうです。
・一日中研究していた二代目の憲仁さんは、知り合いという知り合いに「味見」を頼み、奥さんには風呂からでても「味見」、トイレから出ても「味見」攻撃だったそうです。
知り合いは最初ただて酒が飲めるので「味見」を楽しんでいましたが、あまりの回数の多さと感想を細かく言わないといけないので、そのうち隠れるようになったとか。
・仕事の休みは元旦だけ。徹夜の麹番があるため、泊まりでの家族旅行はしたことがなく、台風の時も家は後回し。寒い冬は麹のために家の暖房器具を工場にもちこんだとか。
そんな執念の末、「請福マリンボトル」が生まれ(1980年代)大ヒット。沖縄本島でもみんなこの泡盛が置いてあったそうです。
すごいですね。
今も次から次へと続く新開発商品。まさに攻めの経営です。
以上『請福酒造物語』より
もう一つ、違う酒造所さんですが、1950年代は原料となる米がなく、サトウキビやイモを混ぜていた(麹に混ぜた?)らしいです。
「どの酒屋もやっていた」と言っていました。
そんな時もあったのですね。
それから泡盛って井戸水や地下水で作ると言われていますよね。
ある酒造所さんは「秘密のある場所、4カ所からとってくる」。違う酒造所さんは「敷地内の井戸水から」という。
しかし、また違う酒造所さんは「井戸水や地下水を使うことを基本的に保健所は認めないはず。うちは普通の水道水」といいます。
実際のところ、どうなんでしょう??