『ツインソウル』より

ツインソウル―死にゆく私が体験した奇跡
今、飯田史彦著『ツインソウル』を読んでいるのだが、今読むにふさわしい節があったので紹介させていただく。
P165
したがって、人生では、『予定外の死』も、ありえるのです。
その死から、何の意味も感じられないような、あまりにも悲しくむなしい死が…
その死が、それほどまでに悲しくむなしいからこそ、その死にかかわる人々や、その死について知った人々が、より深く心揺さぶられ、より大きな学びを得ることのできるような死が…。
P167
私は、今後も、魂を癒す活動を通じて、まさに『予定外の死』としか考えられないような、どうしても意味を見いだせない、あまりにも悲しくむなしい死に、数多く直面していくことでしょう。
そのような時、深い絶望感、虚無感、喪失感に沈む遺族の方々に向かって、私は、どのような方法で、使命を果たせばよいのでしょうか?
光「簡単なことです…ただ、ともに泣き、ともに悲しんで差し上げるのです。それほど深い悲しみに沈む方々には、残念ながらあなたの論理的な説明や人生論など、何の効果もありません。そのような方々を救う方法は、ただひとつ…
ともに泣き、ともに悲しむことにより、その御方の、『心の同伴者』になって差し上げることしかないのです」
私「心の同伴者?」
光「説明しようとするのではなく、共有しなさい… 導こうとするのではなく、寄り添いなさい… ただ、その御方とともに泣き、ともに悲しんで、心の同伴者であろうとすればよいのです」
私「わかりました… 予定外の死に際しては、ただ、ご遺族の心の同伴者であるべく、心がけます。」

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