16年前の話でもしようか…

最近、またブログの更新をさぼっているので、16年前の話をしてみたいと思います。

2000年、自分は高校3年生の担任(企業内高校)をしていました。あと3カ月で卒業という12月10日(?)、上司から電気新聞(業界の新聞です)の1面トップを見せられ、「明日からこの会社行ってくれ」と辞令を受けました。

見出しは「東京電力ら4社で省エネ会社設立」みたいな。

日本ファシリティ・ソリューションという会社で東京電力(当時)・三菱商事・関電工・山武(当時)の共同出資(4億9千万)で設立されました。

出向は望んでいたのですが、初めての経験だし、できたての会社での仕事。すべてが不安でした。

自分の仕事は総務と労務。社員29人でスタート。上記の4つの会社が入り交じっての仕事です。

初めて会った社長からまず注意を受けました。それが印象的で忘れることはありません。

「社内でサンダル履きは禁止。たるんで見える。いつも革靴のまま仕事をしてください」。

正直足が蒸れてひじょうに不愉快でしたが、なんとかその通達を守り仕事をしていました。

さて、どんな会社かというと、

ESCO事業(効果保証付き省エネルギーサービス)を主軸とする省エネルギー・CO2削減サービス企業である。

ということで、簡単に言えば「うちのコンサルで30%省エネできるから、15%はちょうだい。15%省エネできるよ。もし10%しか省エネできれなければうちから5%補填するから、間違いなく15%省エネだよ」という提案。

この提案を受けて「NO」というはずがないですよね。

というわけで、原発の問題などいろいろありましたが、そんなことも関係なく、最近は統合もし大きな会社になったようです。

2016年7月1日
東京電力グループ内各社に分散していたエネルギーサービスプロバイダー(ESP)事業の機能・経営資源をJFSに集約することとし、7月1日付で東京パワーテクノロジー(株)の営むエネルギーサービスプロバイダー事業の一部と東京電力エナジーパートナー(株)の営むエネルギー設備サービス事業を吸収分割により当社へ統合いたしました。

社員数も140人! 私は29人の社員に対して1人で総務・労務をこなしていましたが、今は5-6人はいるのでしょうね。

神楽坂(地下鉄神楽坂駅から30秒、JP飯田橋駅から3分)の一等地でスタートしましたが、今は大崎の駅前のビルに会社があるようです。

昼飯は神楽坂のいろいろな店でランチしましたが、へんにプライドが高い店ばかりで私はあまり好きな街ではありませんでした。

飯田橋駅近くの「青葉」のラーメンが一番好きです。

2010年に「10周年のパーティーがあるから来てくれ」と呼ばれましたが断り(すいません。スーツもうありません)、今日で16年目。

あっというまです。

たまに夢に出てきますよ。あの忙しい中で仕事をしている自分がいます。

1分単位で仕事をしていました。それはもう、あらゆるたくさんの仕事をこなさなければなりません。

なんでもかんでも「その他属さざる事項」を全部やるのが総務ですから。

入っていきなりの大仕事が「東京都の建設業許可申請をしてくれ」というものでした。

建設業が何かもしらない人間が、いきなり都庁での申請ですからもう青天の霹靂(へきれき)です。

自分一人ではできない仕事で、いろいろな方にアドバイスを受けながら分厚い書類を用意し、許可を得たときはうれしかったです。

三菱商事の人の仕事はすごかったですね。頭がキレる人たちばかりですから。

「1言えば10理解する」みたいな人たちです。三菱商事の会社にたまに行く用事があったのですが、玄関で空港のセキュリティ並みのチェックで驚きました。

あとは設計の出身者が多いので「美学」みたいなものがあって、書類作成が美しかったです。

こちらはいかに紙を安く仕入れようかと考えていて、紙を変えたら「紙の色が変わってしまった。一つの提出書類で紙の色が違うのはおかしい。統一してくれ」とクレームがきました。

すごい世界です。

2002年6月、早期退職制度を利用し、退職しました。1年半働いたことになります。あれ以上働いていたら壊れていたでしょうね。

今の石垣島のテーゲーな生活とは正反対です。

「あの仕事に戻れ」と言われても、絶対に戻れるわけがありません。

ただあの時、激務をこなした自分がいるから、石垣でどんな仕事を受けようと、「忙しい」とか「難しい」とか思ったことはないし、なんとかなってきました。

それはそれで感謝です。

というわけで今日12月14日は創立16周年。16年前を思い出しながら、まったりと夜を過ごすことにしましょう。

ビリヤード仲間は元気かな〜

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